遺言執行者は遺留分のない相続人にも通知・報告義務がある?|トラブルを避けるための対応
遺言書の内容を実現する役割を担う遺言執行者。その職務は、相続財産の管理から遺贈の手続き、各種名義変更まで多岐にわたります。しかし、遺言執行者としての職務を遂行する上で、意外な落とし穴となるのが**「相続人への通知・報告義務」**です。
「遺留分(民法第1042条)」という言葉をご存知でしょうか。遺留分とは、一定範囲の法定相続人に保障された、遺産のうち最低限取得できる割合のことです。今回のテーマは、この遺留分を有しない相続人に対して、遺言執行者はどこまで情報を開示し、報告しなければならないのか、という問題です。
遺留分がないからといって、遺言執行者がその相続人を無視してよいわけではありません。なぜなら、その対応が後々大きなトラブルに発展し、最悪の場合、損害賠償を命じられるリスクがあるからです。
本日は、この問題について、実際にあった裁判例(東京地判平成19年12月3日)を基に、遺言執行者が果たすべき義務と、トラブルを避けるための具体的な対応策について、相続専門の弁護士が解説します。
事案の概要と裁判所の判断
今回ご紹介する裁判例は、いわゆる清算型包括遺贈がなされたケースです。
清算型包括遺贈とは、被相続人の全財産をすべて換価(売却)処分し、そこから費用などを差し引いた残りの全額を、特定の個人や団体に遺贈する(遺言によって贈与する)ことです。
このケースでは、遺言執行者が遺留分を有しない相続人に対し、以下の行為を怠ったとして、損害賠償を請求されました。
- 遺言執行者への就任通知をしない
- 相続財産目録を交付しない
- 事前の通知なく相続財産を処分する
裁判所は、これらの行為が遺言執行者としての義務に違反すると判断し、遺言執行者に対して損害賠償を命じました。
この判決で特に重要となるのが、以下の3つのポイントです。
ポイント1:遺留分がない相続人にも通知・報告義務は適用される
裁判所は、遺言執行者の相続人に対する義務(相続財産目録の作成・交付義務や善管注意義務に基づく報告義務)は、相続人が遺留分を有する者であるか否かによって区別されるものではないと明確に述べました。
つまり、遺言書の内容によって遺産を一切受け取れない相続人に対しても、遺言執行者は誠実に対応する義務がある、ということです。
なぜなら、たとえ遺留分がなくても、相続人には「真に遺言書が存在するのか」「遺言書が有効なものか」「遺贈の内容が正しいか」といった事実を確認する法的利益があるからです。
ポイント2:報告・説明の内容や時期は「個別具体的に判断」される
一方で、裁判所は「遺言執行者から個々の遺言執行行為に先立って常に相続人に対して説明しなければならないとすることは相当ではない」としました。
これは、過度な報告義務を課すことは、かえって遺言執行の円滑な進行を妨げる可能性があるためです。
報告や説明の必要性は、以下の要素を総合的に考慮して判断すべきであるとしました。
- 適正かつ迅速な遺言執行に必要か
- その行為によって相続人に不利益が生じる可能性があるか
ポイント3:1年半以上も財産目録を交付しなかったことは「遅滞なく」に当たらない
この事案では、遺言執行者が財産目録を作成してから約1年半以上経過した後、訴訟が提起されて初めて原告(遺留分を有しない相続人)に交付されました。
裁判所は、民法第1011条1項が定める「遅滞なく相続財産の目録を作成して相続人に交付しなければならない」という義務に違反すると判断しました。
遺言執行者の義務を怠った場合のリスク
今回の裁判例からもわかるように、遺言執行者が相続人への通知・報告義務を怠ると、さまざまなリスクを負うことになります。
1. 損害賠償請求
最も直接的なリスクは、損害賠償請求です。今回の事案のように、遺言執行者としての義務を怠った結果、相続人に損害を与えたと判断されれば、その損害を賠償する責任を負います。遺言書に記載されているからといって、安易に義務を軽視してはいけません。
2. 遺言執行者解任のリスク
遺言執行者がその職務を怠ったり、著しく不適切な行為を行った場合、利害関係人(相続人など)は家庭裁判所に対して遺言執行者の解任を申し立てることができます。遺言者の意思を実現するため、家庭裁判所は遺言執行者の適格性を厳しく審査します。
3. トラブルの長期化
相続人とのコミュニケーションを怠ると、不信感を生み、余計なトラブルを招きやすくなります。相続人から遺言書の有効性を疑われたり、不当な遺産隠しを疑われたりして、解決が長期化する可能性があります。
遺言執行者がとるべき賢い対応策
遺言執行者として、相続人との不要なトラブルを避けるためには、以下の点を念頭に置いて職務を遂行することが重要です。
1. 就任通知と財産目録の交付は迅速に
今回の判例でも指摘されたように、遺言執行者に就任したら、遅滞なくすべての相続人に対し、就任した旨の通知と、被相続人の財産目録を交付しましょう。遺留分の有無にかかわらず、これは遺言執行者の基本的な義務です。
2. 遺言執行の進捗を適切に報告
遺産売却や名義変更など、遺言執行の重要な節目においては、その内容や進捗状況を相続人に報告する習慣をつけましょう。これにより、相続人の不信感を払拭し、スムーズな手続きが可能になります。
ただし、頻繁すぎる報告や、些細なことまで報告する必要はありません。売却金額が確定した時点や、不動産の名義変更が完了した時点など、相続人に直接的な影響がある出来事に絞って報告するのが現実的です。
3. 遺産分割協議書への明記も有効
遺言書の内容によっては、遺言執行者の職務が多岐にわたるため、相続人全員の合意を得て遺産分割協議書に遺言執行者の職務範囲や報告義務について明記することも有効な手段です。これにより、将来的な「言った・言わない」のトラブルを防ぐことができます。
遺言執行は弁護士に依頼するのが最善の選択
「遺言執行者は大変な役割だ」と感じられた方も多いのではないでしょうか。実際、遺言執行者の職務には、法律の専門知識だけでなく、相続人との調整能力や煩雑な手続きをこなすための時間と労力が求められます。
特に、以下のようなケースでは、弁護士に遺言執行を依頼することを強くお勧めします。
- 相続財産に不動産や事業用財産など、手続きが複雑なものが含まれる場合
- 相続人の中に遺留分を巡る争いが予想される場合
- 相続人の人数が多く、関係性が複雑な場合
- 遺言執行者が遠方に住んでおり、手続きに時間を割けない場合
弁護士は、法律の専門家として、遺言執行者としての義務を正確に理解し、法的リスクを回避しながら手続きを進めることができます。また、相続人との間で生じうるトラブルを未然に防ぎ、スムーズな遺言執行を実現します。
弁護士法人かがりび綜合法律事務所では、遺言執行者としての職務代行をはじめ、相続に関するあらゆるお悩みに対応しております。ご相談いただければ、お客様の状況に合わせて、最適なサポートプランをご提案します。
遺言執行者としての職務に不安を感じる方、相続でお困りの方は、ぜひ一度、当事務所にご相談ください。私たち専門家が、お客様の不安を「かがりび」のように照らし、安心の解決へと導きます。
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