
遺留分とは、相続における「最低限の相続」が保障される制度です。
その理由と対象者、そして請求のすべてをわかりやすく解説します。
このページの目次
はじめに
相続は、故人の意思を尊重しつつ、残された家族の生活を保障する重要な手続きです。しかし、遺言書の内容や生前贈与によって、特定の相続人だけが優遇されたり、逆にほとんど何も受け取れなかったりするケースも少なくありません。このような状況で、残された家族の生活が立ち行かなくならないよう、民法で保障されているのが「遺留分」です。
本記事では、この「遺留分とは」何か、その制度の概要、そして「遺留分対象者」は誰なのかを詳細に解説します。また、遺留分の計算方法から、侵害された場合の請求手続き、重要な期間制限、さらにはよくあるトラブルとその解決事例まで、皆様が抱える相続問題の解決に役立つ情報を提供いたします。
遺留分とは?「最低限の相続」が保障される理由
遺留分とは、被相続人(亡くなった方)の財産について、特定の相続人(遺留分権利者)に対して法律上保障されている「最低限の相続」割合を指します。この制度は遺言書や生前贈与によって特定の相続人が不当に排除されたり、生活に困窮する事態に陥ったりすることを防ぐために、民法によって定められています。
遺留分制度の根底にあるのは、相続人の相続に対する期待を一定程度保護するという目的です。被相続人には自身の財産を自由に処分する権利がありますが、その自由が過度に及ぶことで遺された配偶者や子どもたちの生活基盤が脅かされる可能性があります。
このような事態を避けるため、法律は「最低限の相続」を保障することで、個人の意思の尊重と家族の扶養・生活保障という二つの重要な原則のバランスを図っています。
遺留分は、単なる財産権の保護に留まらず、家族の連帯を維持し、社会の安定に寄与する社会的な安全網としての機能も果たしていると言えるでしょう。
遺言書は、被相続人の最終的な意思を最も尊重すべきものとして扱われます。しかし、その自由には一定の制限が設けられています。
例えば「全財産を長男に相続させる」といった遺言があったとしても、他の遺留分権利者はその遺言によって侵害された「最低限の相続」を請求する権利を有します。
相続における財産の分配には、「法定相続分」と「遺留分」という二つの異なる概念が存在します。
法定相続分 |
民法で定められた相続財産の相続割合を指します。遺言書がない場合や、遺言書があっても相続人全員で遺産分割協議を行う場合の目安として用いられます。 法定相続分はあくまで目安であり、遺産分割協議や遺言によって、これとは異なる割合で財産を分配することが可能です。つまり、法定相続分自体には強制力はありません。 |
遺留分 |
一方、遺留分は、兄弟姉妹以外の相続人に認められる「最低限の相続」財産の割合であり、遺言によっても侵害されない強力な権利です。 遺言の内容が遺留分を侵害している場合、遺留分権利者はその不足分を請求することができますが、この権利は自動的に行使されるものではなく、遺留分権利者自身が請求を行う必要があります。 |
この二つの制度の最も大きな違いは、その強制力にあります。法定相続分は当事者の合意や遺言によって変更可能ですが、遺留分は法律によって強く保護されており、その侵害に対しては請求権が発生します。
旧民法では、遺留分を侵害された相続人が行う請求は「遺留分減殺請求」と呼ばれ、その性質は「財産そのもの」を取り戻す物権的請求でした。
この制度には、不動産などの共有関係が自動的に発生し、その後の管理や処分において新たなトラブルの原因となるという問題点が指摘されていました。例えば、事業用の不動産が共有状態になることで、事業承継に支障が生じるケースも少なくありませんでした。
このような問題点を解消し、相続トラブルの長期化や複雑化を防ぐことを目的として、2019年7月1日に民法が改正され、現行の「遺留分侵害額請求」へと変更されました。この改正により、遺留分侵害額請求は原則として「金銭の支払い」を求める債権的請求となりました。
これにより、遺産を多く受け取った側は、財産をそのまま保持しつつ、金銭で清算することが可能となり、不動産などの共有関係の発生を防ぐことができるようになりました。
この法改正は、単なる法技術的な変更ではなく、相続における紛争の発生を未然に防ぎ、より円滑な解決を促すという、政策的な意図が強く働いていると言えます。金銭による解決が主流となることで、相続人の精神的負担も軽減され、より現実的かつスムーズな解決が期待できるようになったのです。
遺留分権利者
誰が「最低限の相続」を請求できるのか
「遺留分対象者」は、民法によって明確に定められています。すべての法定相続人に遺留分が認められるわけではありません。
遺留分が認められる法定相続人の範囲
民法第1042条1項により、遺留分が認められるのは「兄弟姉妹以外の相続人」です。
具体的には、以下の法定相続人が遺留分権利者となります。
配偶者 | 被相続人の配偶者は、常に遺留分が認められます。 |
子 (直系卑属) |
被相続人の子に遺留分が認められます。子が既に死亡している場合は、その子(被相続人の孫など)が「代襲相続人」として遺留分を請求することができます。 |
直系尊属 (父母・祖父母など) |
被相続人に子やその代襲相続人がいない場合に限り、直系尊属に遺留分が認められます。 |
兄弟姉妹には遺留分が認められません。これは、遺留分が遺族の生活保障という側面を持つため、一般的に被相続人と生計を異にする兄弟姉妹にはその必要性が低いと考えられているためです。
遺留分が認められないケース
本来遺留分権利者となる人であっても、特定の事情がある場合には遺留分を主張することができません。
- 相続欠格者
被相続人を殺害したり、遺言書を偽造・隠蔽したりするなどの犯罪行為を行った場合、その者は相続人の資格を法律上自動的に失います。相続欠格者には遺留分も認められません。 - 相続廃除された人
被相続人に対して著しい非行(虐待や侮辱など)があった場合、被相続人の意思に基づいて家庭裁判所の手続きを経て、その相続人の地位を奪われることがあります。相続廃除された人には、法定相続分も遺留分も認められません。 - 相続放棄した人
自らの意思で相続を放棄した場合、その者は初めから相続人ではなかったとみなされます。当然、法定相続分も遺留分も認められません。 - 遺留分放棄した人
遺留分の権利は持っていても、家庭裁判所の許可を得て遺留分を放棄することができます。この場合、その者には遺留分は認められません。
遺留分放棄と相続補器について
遺留分放棄と相続放棄は、似て非なる制度であり、その違いを理解しておくことが極めて重要です。相続放棄は相続権そのものを手放す行為であり、相続債務を含めた一切の相続財産の承継を否定します。
一方、遺留分放棄は、遺留分のみを放棄する行為であり、相続人としての地位が失われるわけではないため、遺留分放棄者は相続債務を承継し、遺言等による相続財産の配分がなされない限り遺産分割協議に参加して遺産を取得することになります。
この二つの制度が混同されると、意図しない結果を招く可能性があるため、安易な判断は避け、専門家のアドバイスを受けることが不可欠です。
特に、被相続人から生前に「相続放棄をしてほしい」と求められるケースがありますが、生前の相続放棄は法的にできません。しかし、遺留分放棄は家庭裁判所の許可を得て行うことが可能です。このような状況では、専門家による適切なアドバイスが、将来的な不利益を回避するために極めて重要となります。
代襲相続人や承継人の扱いについて
遺留分権利者が被相続人より先に死亡したり、相続欠格・廃除によって相続権を失ったりした場合でも、その権利が完全に消滅するわけではありません。
代襲相続人 | 遺留分権利者である子や直系尊属が、被相続人より先に死亡した場合などに、その子(被相続人の孫など)が代わりに相続人となる「代襲相続」が認められます。この代襲相続人も遺留分権利者となります。ただし、兄弟姉妹には遺留分がないため、その代襲相続人(甥・姪)にも遺留分は認められません。 |
遺留分権利者の承継人 | 遺留分権利者が相続開始後に死亡した場合、その遺留分侵害額請求権は、その遺留分権利者の相続人、包括受遺者、または遺留分侵害額請求権を譲り受けた債権者によって承継されます。これにより、遺留分権利者が権利を行使する前に亡くなったとしても、その権利が失われることはありません。 |
遺留分の割合と計算方法
あなたの「最低限の相続」はいくら?
遺留分は、遺留分算定の基礎となる財産の価額に、遺留分割合を乗じて計算されます。この計算は、相続財産の評価、生前贈与や債務の考慮など、非常に複雑な要素が絡み合うため、専門知識が不可欠です。
遺留分算定の基礎となる財産の価額(相続財産、生前贈与、特別受益、債務)遺留分を計算する際のベースとなる財産の総額(基礎財産)は、以下の計算式で求められます。
基礎財産額 = 相続開始時の財産 + 贈与財産(一部) - 債務の全額
各要素の詳細は以下の通りです。
被相続人が亡くなった時に実際に有していた預貯金、不動産、有価証券、自動車などの積極財産(プラスの財産)の全てを指します。
遺留分算定の基礎となる贈与財産には、以下のものが含まれます。
法定相続人に対する生前贈与(特別受益) | 婚姻や養子縁組のため、または生計の資本として受けた贈与(特別受益)は、相続開始前10年間に行われたものに限り、遺留分の基礎財産に含まれます。ただし、贈与当時、贈与者と受贈者の双方が、その贈与が遺留分権利者に損害を与えることを知っていた場合は、10年以上前の贈与であっても算入されます。 |
法定相続人以外の者に対する生前贈与 | 相続開始前1年間に行われた贈与が対象となります。こちらも、当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知っていた場合は、1年以上前の贈与も算入されます。 |
遺贈 | 遺言によって贈与された財産は、その時期に関わらず全て基礎財産に算入されます。 |
債務 | 被相続人が相続開始時に負っていた借金や未払金などの債務は、基礎財産から控除されます。ただし、葬儀費用は被相続人の債務とはみなされないため、遺留分算定の基礎財産から控除することはできません。 |
財産評価の注意点
特に不動産が相続財産に含まれる場合、その評価方法によって遺留分額が大きく変動するため、トラブルの原因となることが頻繁にあります。不動産の評価には、固定資産税評価額、相続税評価額(路線価)、そして時価など複数の方法が存在します。
遺留分算定では原則として「時価」(市場での売買価格)が用いられますが、当事者間で合意形成が難しい場合は、不動産鑑定士による専門的な評価が重要となります。評価額のわずかな違いが、最終的な遺留分侵害額に大きな影響を与えるため、正確な評価が不可欠です。
総体的遺留分と個別的遺留分の割合
遺留分は、まず遺留分権利者全体で確保される割合(総体的遺留分)が定められ、その後に各相続人の具体的な割合(個別的遺留分)が計算されます。
遺留分権利者全体で確保される遺留分の割合は、以下の通りです。
直系尊属(父母・祖父母など)のみが相続人である場合 | 基礎財産の3分の1 |
それ以外の場合(配偶者や子が相続人に含まれる場合) | 基礎財産の2分の1 |
各遺留分権利者が請求できる具体的な遺留分の割合は、この総体的遺留分に、各自の法定相続分を掛けて計算されます。
遺留分権利者の組み合わせと遺留分割合の早見表
遺留分権利者の組み合わせ | 総体的遺留分 | 各相続人の個別的遺留分 |
配偶者のみ | 1/2 | 配偶者:1/2 |
子のみ | 1/2 | 子:1/2(複数いる場合は均等割り) |
配偶者と子 | 1/2 | 配偶者:1/4 (1/2 × 1/2) 子:1/4 (1/2 × 1/2)(複数いる場合は均等割り) |
直系尊属のみ | 1/3 | 直系尊属:1/3(複数いる場合は均等割り) |
配偶者と直系尊属 | 1/2 | 配偶者:1/3 (1/2 × 2/3) 直系尊属:1/6 (1/2 × 1/3)(複数いる場合は均等割り) |
遺留分侵害額の計算式
遺留分が侵害された場合に実際に請求できる金額(遺留分侵害額)は、以下の計算式で求められます。
遺留分侵害額 = 遺留分額 -(遺贈又は特別受益の価額)-(遺留分権利者が相続によって得た財産額:寄与分による修正は考慮しない)+(引き継ぐ借金の額)
具体的な計算例(ケーススタディ)
遺留分の計算は複雑に感じられるかもしれませんが、具体的な事例で見てみましょう。
設例 | 被相続人(父)が死亡し、相続人は子Aと子Bの2人。遺産3,000万円分を全額子Aに相続させるという遺言があった。 |
基礎財産 | 3,000万円(相続開始時の財産) |
各相続人の遺留分割合 | 子のみが相続人の場合、総体的遺留分は1/2。子A、Bの法定相続分はそれぞれ1/2。 子Aの個別的遺留分:1/2(総体的) × 1/2(法定) = 1/4 子Bの個別的遺留分:1/2(総体的) × 1/2(法定) = 1/4 |
各相続人の遺留分額 | 子A:3,000万円 × 1/4 = 750万円 子B:3,000万円 × 1/4 = 750万円 |
遺留分侵害額 | 子Bは遺産を全く相続できていないため、遺留分750万円が全額侵害されています。したがって、子Bは子Aに対して750万円の支払いを請求できます。 |
設例 | 被相続人(父)が死亡し、相続人は配偶者C、子D、子Eの3人。遺産は預貯金4,000万円。父は亡くなる半年前、愛人Fに4,000万円を贈与していた。 |
基礎財産 | 4,000万円(預貯金)+ 4,000万円(愛人への贈与)= 8,000万円。愛人への贈与は相続開始前1年以内なので算入されます。 |
各相続人の遺留分割合 | 配偶者と子が相続人の場合、総体的遺留分は1/2。 配偶者Cの法定相続分:1/2 子D、子Eの法定相続分:それぞれ1/4 配偶者Cの個別的遺留分:1/2(総体的) × 1/2(法定) = 1/4 子D、子Eの個別的遺留分:それぞれ1/2(総体的) × 1/4(法定) = 1/8 |
各相続人の遺留分額 | 配偶者C:8,000万円 × 1/4 = 2,000万円 子D:8,000万円 × 1/8 = 1,000万円 子E:8,000万円 × 1/8 = 1,000万円 |
遺留分侵害額 | 遺産は預貯金4,000万円のみで、愛人Fへの贈与により遺留分が侵害されています。 配偶者Cは、遺産から法定相続分(4,000万円 × 1/2 = 2,000万円)を得ていますが、遺留分額も2,000万円であるため、侵害は生じていません。 子Dは、遺産から法定相続分(4,000万円 × 1/4 = 1,000万円)を得ていますが、遺留分額も1,000万円であるため、侵害は生じていません。 子Eも同様に、遺産から法定相続分(4,000万円 × 1/4 = 1,000万円)を得ていますが、遺留分額も1,000万円であるため、侵害は生じていません。 |
回答
このケースでは、相続財産が遺留分を上回っているため、遺留分侵害額は発生しません。
もし、遺言で愛人Fに全財産(預貯金4,000万円)を遺贈し、相続人が何も受け取っていない場合、配偶者Cは2,000万円、子Dと子Eはそれぞれ1,000万円を愛人Fに請求できます。
設例 | 被相続人(父)が死亡し、相続人は配偶者F、子G、子H、子Iの4人。遺産は預貯金5,000万円。遺言書で配偶者Fに1,000万円、子Gに4,000万円を遺贈するとあった(子H、子Iにはなし)。相続開始の3年前に、父から子Iに対して特別受益に該当する1,000万円相当の贈与が行われていた。 |
基礎財産 | 5,000万円(遺産)+ 1,000万円(子Iへの特別受益)= 6,000万円。子Iへの贈与は相続開始前10年以内なので算入されます。 |
各相続人の遺留分割合 | 配偶者と子が相続人の場合、総体的遺留分は1/2。 配偶者Fの法定相続分:1/2 子G、子H、子Iの法定相続分:それぞれ1/6 配偶者Fの個別的遺留分:1/2(総体的) × 1/2(法定) = 1/4 子G、子H、子Iの個別的遺留分:それぞれ1/2(総体的) × 1/6(法定) = 1/12 |
各相続人の遺留分額 | 配偶者F:6,000万円 × 1/4 = 1,500万円 子G:6,000万円 × 1/12 = 500万円 子H:6,000万円 × 1/12 = 500万円 子I:6,000万円 × 1/12 = 500万円 |
遺留分侵害額 | 配偶者F:遺言で1,000万円の遺贈を受けているため、1,500万円 - 1,000万円 = 500万円の侵害。 子H:遺贈も相続も受けていないため、500万円の侵害。 子I:特別受益1,000万円を受けているため、遺留分額500万円を上回っており、侵害はなし。 |
回答
遺贈を受けた子Gが先に負担するため、配偶者Fと子Hはそれぞれ子Gに対して500万円ずつの遺留分侵害額請求ができます。
遺留分の計算は、このように相続人の構成、生前贈与や遺贈の有無、そして財産の評価方法によって複雑に変化します。正確な計算を行うためには、相続財産の詳細な調査と専門的な知識が不可欠です。
遺留分侵害額請求
遺言書によって特定の相続人に財産が集中したり、特定の人物に多額の生前贈与が行われたりした場合、法定相続人が最低限受け取れる相続分(「遺留分」)が侵害されることがあります。このような場合、「遺留分侵害額請求」を行うことで、侵害された遺留分を取り戻すことができます。
当事務所は、遺留分侵害請求に関する豊富な知識と交渉力を活かし、お客様の遺留分を確実に確保するためのサポートをいたします。遺留分でお困りの方、まずご相談ください。
侵害された「最低限の相続」を取り戻す手続き
遺留分が侵害された場合、遺留分権利者は「遺留分侵害額請求」を行うことで、その権利を回復することができます。この手続きは、旧制度から大きく変更されています。
旧制度「遺留分減殺請求」から現行制度「遺留分侵害額請求」への変更点
旧民法における「遺留分減殺請求」は、遺留分を侵害された相続人が、侵害された財産そのものを取り戻す物権的請求でした。この制度では、例えば不動産が遺留分減殺請求の対象となった場合、その不動産が請求者と被請求者の共有名義となることがありました。
しかし、この共有関係は、その後の不動産の管理や売却において新たなトラブル(共有物分割請求など)の原因となることが多く、特に事業用の財産が共有となることで事業承継に支障が生じるなど、多くの問題点が指摘されていました。
このような実務上の問題を解消し、より円滑な相続手続きを可能にするため、2019年7月1日の民法改正により「遺留分侵害額請求」と改められました。現行制度では、遺留分侵害額は原則として「金銭」での支払いを求める債権的請求となりました。
これにより、遺産を多く受け取った側は、財産をそのまま保持しつつ、金銭で清算することが可能となり、不動産などの共有関係の発生を防ぐことができるようになりました。この変更は、相続における紛争の複雑化や長期化を避け、被相続人の意思を尊重しつつも、遺留分権利者の権利を金銭で保障するという、より現実的な解決を目指すものです。ただし、当事者間の合意があれば、金銭以外の現物による精算も認められます。
請求の相手方と負担の順序
遺留分侵害額請求は、遺贈や贈与によって遺留分を侵害した相手方に対して行います。複数の相手がいる場合、民法第1047条により、遺留分侵害額を負担する順序が定められています。
- 遺贈を受けた人(受遺者)
遺言によって財産を受け取った人が、最初に遺留分侵害額を負担します。複数の受遺者がいる場合は、原則として受け取った財産の価額の割合に応じて負担します。 - 生前贈与を受けた人(受贈者)
遺贈で遺留分侵害額が全て回収できない場合、次に生前贈与を受けた人が負担します。複数の生前贈与がある場合は、最も新しい贈与から順に負担します。
重要な注意点として、遺留分侵害額を負担する上限は、その人が受けた遺贈・贈与の目的の価額から、受贈者自身の遺留分額を控除した金額です。また、前の順位の相手方が資力不足などの理由で支払えない場合でも、原則として後の順位の相手方に不足分を請求することはできませ。
このため、請求の相手方を正確に特定し、適切な順序で請求を行うことが、遺留分を確実に回収するために極めて重要となります。
遺留分侵害額請求の手続きフロー
遺留分侵害額請求は、多くの場合、以下のステップを経て解決を目指します。
遺留分を正確に計算するため、まず相続人を確定し、相続財産(積極財産、生前贈与、債務など)を詳細に調査します。
遺留分額の正確な算定と、請求の相手方を特定するために不可欠です。弁護士は職務上、各種機関への照会権限を活用し、個人では難しい確実な財産調査が可能です。
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相手方に対し、遺留分侵害額請求の通知を送り、まずは裁判所を通さずに話し合いでの解決を目指します。
早期かつ平和的な解決が期待できます。弁護士が代理することで、感情的な対立を避け、相手方との直接のやり取りを回避できるため、依頼者の精神的負担を大幅に軽減できます。
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交渉がまとまらない場合や、後述する時効の完成を阻止するため、遺留分侵害額請求の意思表示を内容証明郵便で送付します。
請求の意思表示を公的に証明し、時効の進行を一時的に停止させる効果があります。これにより、後に訴訟に発展した場合でも、請求の事実を客観的に証明できます。
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直接交渉でも解決しない場合、家庭裁判所に「遺留分侵害額の請求調停」を申し立てます。調停委員が双方の意見を聞き、中立的な立場から合意形成を仲介します。
裁判所の仲介により、冷静な話し合いの場が設けられ、当事者間の合意による解決を目指します。弁護士が代理人として、依頼者の主張を法的視点から効果的に展開します。
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調停が不成立となった場合、地方裁判所(請求額140万円以下の場合は簡易裁判所も可)に「遺留分侵害額請求訴訟」を提起します。訴訟では、証拠に基づき双方の主張が交わされ、最終的に裁判官が判決を下します。
最終的な解決手段であり、裁判所の判決によって法的トラブルを公権的に解決します。弁護士が代理人として、複雑な証拠収集・提出、主張立証を行い、依頼者が有利になるよう尽力します。
この手続きフローは、遺留分侵害額請求が単なる交渉で終わらない場合に、法的な段階を経て解決へと進む道筋を示しています。
各段階で弁護士が果たす役割は大きく、特に複雑な財産調査や法的書面の作成、裁判所での代理業務は、専門家でなければ対応が困難な場面が多く存在します。
遺留分侵害額請求の時効と期限(知っておくべき重要な期間制限)
遺留分侵害額請求権には厳格な期間制限が設けられており、これを過ぎると権利を失ってしまう可能性があります。
1年の消滅時効と10年の除斥期間
遺留分侵害額請求権には、以下の2つの重要な期間制限があります。
- 消滅時効
遺留分の侵害があったこと、および遺留分を侵害する贈与または遺贈があったことを知った時から1年で時効により消滅します。この「知った時」とは、単に贈与や遺贈があったことを知るだけでなく、それが自身の遺留分を侵害していることを具体的に認識した時点を指します。 - 除斥期間
相続開始(被相続人の死亡)の時から10年で、除斥期間により権利が消滅します。この期間は、遺留分侵害の事実を知っていたかどうかにかかわらず、自動的に進行し、期間が経過すると権利は確定的に失われます。除斥期間は、時効のように中断や停止が認められません。
これらの期間制限は非常に厳格であり、特に1年の消滅時効は短期間であるため、遺留分侵害の可能性を認識した場合は、速やかに対応を開始することが求められます。
金銭債権の時効
遺留分侵害額請求の意思表示を相手方に行った後、その侵害額に相当する金銭債権が発生します。この金銭債権には、遺留分侵害額請求権とは別に、別途5年の消滅時効が適用されます。これは、権利を行使できることを知った時から5年、または権利を行使できる時から10年とされています。
民法改正(2020年4月1日施行)により、債権の消滅時効に関する規定が変更されました。2020年4月1日以降に請求権を行使した場合、原則として5年の時効期間が適用されますが、それ以前に請求権を行使していた場合は10年の時効期間が適用されることがあります。
遺留分侵害額請求の時効・除斥期間のまとめ
以下の表は、遺留分侵害額請求に関する期間制限をまとめたものです。
期間の種類 | 起算点 | 期間 | 特徴 |
消滅時効 | 相続開始および遺留分侵害を知った時 | 1年 | 意思表示等で進行を止めることが可能 |
除斥期間 | 相続開始(被相続人の死亡)の時 | 10年 | 進行を止めることができず、自動的に権利が消滅 |
金銭債権の消滅時効 | 遺留分侵害額請求の意思表示後、権利を行使できることを知った時 | 5年(改正民法後) 10年(改正民法前) |
訴訟提起や債務承認等で進行を止めることが可能 |
時効の進行を止める方法と注意点
遺留分侵害額請求権の1年の消滅時効は、相手方への意思表示(内容証明郵便が推奨)によって一時的に進行が止まります。内容証明郵便は、いつ、どのような内容の文書を、誰から誰に送ったかを公的に証明できるため、後々の紛争を避ける上で非常に有効な手段です。
しかし、除斥期間は、いかなる事情があっても停止や中断することはありません。これは、相続関係の早期安定化を図るという制度趣旨によるものです。
特に注意が必要なのは、遺産分割協議や遺言の無効を争っている間も、遺留分侵害額請求権の時効は進行するという点です。たとえ遺言の有効性に疑義があり、その無効を求めて話し合いや訴訟を進めている最中であっても、遺留分侵害額請求の権利は時間とともに失われていく可能性があります。
そのため、遺言が無効とならなかった場合に備え、念のため遺留分侵害額請求の意思表示を並行して行うことが、権利保全のために極めて重要です。
時効の起算点の証明は難しく、期間制限は非常に厳格です。これらの権利を失わないためにも、遺留分侵害の可能性を認識した時点で、速やかに弁護士に相談することが強く推奨されます。
遺留分に関するよくあるトラブルと解決事例
遺留分に関するトラブルは、家族間の感情的な対立が絡むことが多く、その解決には専門的な知識と経験が求められます。ここでは、よくあるトラブルの類型と、弁護士による解決事例をご紹介します。
遺言書の偏り、生前贈与、財産評価の対立、支払い困難、時効主張など
遺留分に関するトラブルは多岐にわたりますが、特に以下のケースが頻繁に発生します。
「遺産は全て長男に相続させる」「愛人に全財産を遺贈する」など、特定の相続人や第三者だけが優遇され、他の相続人の遺留分を侵害する内容の遺言書が残されていた場合、遺留分を侵害された相続人との間で深刻なトラブルに発展します。
遺言書は故人の最終意思として尊重されますが、遺留分という強力な権利によってその内容が修正される可能性があります。
被相続人が生前に特定の相続人に対し、住宅購入資金の援助や多額の生活費の仕送りなど、実質的に遺産の前渡しとみなされる贈与(特別受益)を行っていた場合、他の相続人が不公平感を抱き、遺留分を請求する原因となります。
特に、生前贈与の時期や金額、その目的が争点となることが多く、適切な評価と算入が求められます。
相続財産に不動産や非上場株式などが含まれる場合、その評価方法(不動産鑑定評価額、固定資産税評価額、時価など)によって価額が大きく異なり、遺留分侵害の有無や侵害額に直接影響するため、請求側と請求される側で意見が対立し、トラブルに発展します。
特に、古い評価額や不透明な評価基準が用いられると、紛争が長期化する傾向にあります。
遺留分侵害額は原則として金銭で支払うべきものとされていますが、相続した財産の大半が不動産や株式などで現金が少ない場合、支払いが困難となりトラブルになります。
この場合、不動産の売却を検討する必要が生じることもあり、居住中の不動産であればさらに問題が複雑化します。
遺留分侵害額請求権には厳格な期間制限があるため、相手方から「時効が過ぎている」と主張され、請求が困難になるケースです。
特に、遺留分侵害の事実を知った時点の証明が難しく、時効の起算点が争点となることが少なくありません。
弁護士による解決事例(大阪の事例を含む)
遺留分に関する問題は、当事者間での感情的な対立や法律知識の不足から、解決が困難になるケースがほとんどです。弁護士が介入することで、これらの問題は早期かつ円満な解決へと導かれることが多くあります。
大阪においても、多くの遺留分トラブルが弁護士のサポートによって解決されています。
遺言書によって遺留分が侵害されたケースで、弁護士が迅速に介入し、相手方との交渉を通じて約2ヶ月という短期間で遺留分を回収した事例があります。
これは、弁護士の専門性が相手方への「本気度」を伝え、早期の合意形成を促した結果と言えます。
遺言書の内容に不満を持つ依頼者が、弁護士の綿密な財産調査と法的交渉によって、遺留分を大幅に増額して獲得できた事例も存在します。
中には、相手方が相続財産の開示を拒否する中で、弁護士が調停・訴訟を経て隠された財産を明らかにし、依頼者と母親の遺留分として合計1億5,000万円もの金額を獲得したケースもあります。
他の相続人による生前贈与(特別受益)が遺留分算定の基礎財産に算入されるか否かが争点となったケースで、弁護士が証拠を積み重ねて特別受益の存在を認めさせ、依頼者の遺留分持分を増加させた事例があります。
特に、30年以上前の生前贈与が争点となり、証拠が散逸している不利な状況でも、弁護士が過去の会話記録や経済状況などの事実を丹念に積み重ねることで、裁判所に特別受益の主張を一定程度認めさせたケースも報告されています。
依頼者と相手方相続人の関係が悪く、直接連絡を取りたくないというケースは少なくありません。このような場合でも、弁護士が交渉窓口となることで、依頼者が精神的な負担を感じることなく、早期に解決に導いた事例があります。
弁護士が間に立つことで、感情論に陥りがちな家族間の話し合いを、法的な観点から冷静に進めることが可能になります。
相続財産に不動産が含まれ、その評価額を巡って対立が生じたケースでは、弁護士が不動産鑑定士などの専門家と連携し、客観的な評価を求めることで解決に導いた事例があります。
両者がそれぞれ鑑定評価書を提出して対立した場合でも、裁判所が選任した鑑定人や調停委員を務める不動産鑑定士の意見が、依頼者側の評価に近づき、最終的な解決に繋がったケースも報告されています。
これらの解決事例は、遺留分問題が単に法律の知識だけでなく、財産調査、交渉術、そして必要に応じた訴訟遂行能力が求められる複雑な分野であることを示しています。
弁護士は、これらの多岐にわたる課題に対応し、依頼者の正当な権利を守るための最適な解決策を導き出す役割を担います。
遺留分問題は弁護士へ
専門家へ相談するメリット
遺留分に関する問題は、その性質上、感情的な対立が生まれやすく、また法律や財産評価に関する専門知識が不可欠であるため、当事者間での解決は非常に困難を伴います。
このような状況において、弁護士に相談・依頼することには多大なメリットがあります。
遺留分侵害額の計算は、相続財産の範囲確定、不動産や株式などの財産評価、生前贈与や特別受益の算入期間の判断、債務の控除など、多岐にわたる複雑な要素を含みます。これらの計算を正確に行い、正当な遺留分を取り戻すためには、民法や関連法規に関する深い知識と実務経験が不可欠です。
弁護士は、これらの複雑な計算を正確に行い、依頼者が本来受け取るべき遺留分を最大限に確保するためのサポートを提供します。
また、交渉段階で相手方との合意に至らない場合でも、弁護士は依頼者の代理人として、家庭裁判所での調停や地方裁判所での訴訟といった法的手段を適切に選択し、手続きを進めることができます。
裁判の場では、証拠に基づいた法的視点からの主張・立証が求められますが、弁護士はこれらの手続きを円滑に進め、依頼者が有利な解決を得られるよう尽力します。
相続問題、特に遺留分に関する争いは、故人との関係性や家族間の感情的なしこりが絡むことが多く、他の相続人と直接話し合うことは、依頼者にとって計り知れない精神的ストレスとなります。過去の経緯や感情が交渉に影響し、冷静な話し合いが困難になるケースも少なくありません。
弁護士に依頼すれば、交渉窓口は全て弁護士となり、依頼者が相手方と直接やり取りする必要がなくなります。弁護士は、依頼者の感情的な負担を軽減し、法的な観点から冷静かつ客観的に交渉を進めます。
これにより、依頼者は孤独な戦いから解放され、精神的な安定を取り戻すことができます。弁護士は、依頼者の最大の利益を考慮しつつ、感情的な対立を避け、実務的な解決へと導く役割を担います。
相続財産の全容を正確に把握することは、専門知識なしには非常に困難です。特に、被相続人が生前に行った贈与や、隠された財産、あるいは複雑な債務の調査は、専門家でなければ把握漏れが生じ、後にトラブルに発展する恐れがあります。
弁護士は、弁護士法に基づく照会権限などを活用し、金融機関や役所などに対して確実な財産調査を行うことができます。これにより、素人が調査するよりもはるかに網羅的かつ正確な情報を得ることが可能となり、遺留分算定の基礎となる財産額の信頼性が高まります。
また、遺留分侵害額請求には、前述の通り厳格な時効期間(1年の消滅時効と10年の除斥期間)が設けられています。これらの期間を適切に管理し、権利が消滅しないよう迅速に対応することは非常に重要です。
弁護士は、これらの期間制限を正確に把握し、内容証明郵便の送付や調停の申し立てなど、必要な手続きを遅滞なく行うことで、依頼者の権利が失われることを防ぎます。
時効の起算点や中断・停止の判断は専門家でなければ難しく、期間徒過による権利喪失という最悪の事態を避けるためには、早期の弁護士相談が不可欠です。
当事務所の強みとサポート体制
弁護士法人かがりび綜合法律事務所は、大阪で相続問題、特に遺産分割や遺留分に関する問題に強みを持つ法律事務所です。
私たちは、お客様の「最低限の相続」の権利を守り、複雑な相続問題を円満に解決するための包括的なサポートを提供しています。
豊富な専門知識と解決実績
相続法に関する深い専門知識と、数多くの遺留分問題の解決実績を有しています。複雑な財産評価や生前贈与の考慮、多岐にわたる相続人の関係性など、個々のケースに応じた最適な解決策を提案します。
地域密着型のきめ細やかな対応
大阪地域に特化し、地域特有の相続トラブルの傾向も踏まえた、きめ細やかな対応が可能です。お客様の状況に寄り添い、親身になってサポートいたします。
透明性の高い費用体系
弁護士費用については、初回相談時に明確な料金体系をご提示し、ご納得いただいた上でご依頼いただくことを徹底しています。
安心の初回相談
多くの事務所が初回無料相談を提供しているように、当事務所も初回相談を通じて、お客様の状況を詳しくお伺いし、解決への筋道を具体的にご提案いたします。相談したからといって必ず依頼する必要はありませんので、まずはお気軽にご相談ください。
お客様の抱える不安や疑問を解消し、最適な一歩を踏み出すお手伝いをさせていただきます。
まとめ
遺留分は、被相続人の遺言の自由と、遺された家族の生活保障という二つの大切な原則を調和させるために民法で定められた「最低限の相続」の権利です。配偶者、子、直系尊属(父母・祖父母など)が遺留分権利者となり、兄弟姉妹には認められません。
遺留分の計算は、相続開始時の財産、生前贈与、遺贈、そして債務など、様々な要素を考慮する必要があり、特に不動産の評価は専門的な判断を要します。また、遺留分侵害額請求には、1年という短い消滅時効や10年という除斥期間といった厳格な期間制限が設けられており、これらの期限を過ぎると権利を失う可能性があります。
遺言書の偏り、生前贈与の有無、財産評価の対立、支払い能力の問題、そして時効の主張など、遺留分に関するトラブルは多岐にわたり、感情的な対立も相まって当事者間での解決は非常に困難です。
このような複雑な遺留分問題に直面した場合、弁護士に相談することは、正確な権利の把握、計算、そして適切な法的手段による解決への確実性を高める上で不可欠です。弁護士は、煩雑な財産調査や時効管理を代行し、また相手方との交渉窓口となることで、依頼者の精神的負担を大幅に軽減します。
弁護士法人かがりび綜合法律事務所は、大阪で相続問題、遺産分割に強い弁護士として、皆様の「最低限の相続」の権利を守り、円満な解決へと導くための専門的なサポートを提供しています。遺留分に関するご不安やお悩みがあれば、どうぞお一人で抱え込まず、お気軽にご相談ください。