弁護士が教える!不動産にかかわる相続問題と自営業者の関係性
相続と聞くと、多くの皆様は「いつか訪れるもの」として、漠然とした不安を抱えながらも、具体的な対策を後回しにしてしまいがちではないでしょうか。特に、ご自身やご家族が不動産や事業資産を所有する自営業者の場合、相続はさらに複雑な問題となり得ます。
大切な財産を、誰に、どのように引き継ぐか。それは、故人の人生と、残されたご家族の未来を繋ぐ非常に重要なプロセスです。しかし、事前の準備が不足していると、予期せぬトラブルが発生し、家族の絆を壊す「争続」へと発展してしまうリスクをはらんでいます。
ご安心ください。この記事では、不動産や事業資産が絡む相続の本質的な問題点と、その解決策を、一つひとつ丁寧に、やさしい言葉で解説します。皆様の相続を「争続」ではなく、家族の絆を深める「機会」に変えるために、専門家として知っておいていただきたい知識を、一つでも多くお届けできれば幸いです。
なぜ不動産は相続トラブルの火種になるのか?
1-1. 現金にはない不動産特有の難しさ
不動産が相続トラブルの火種となりやすい最大の理由は、その性質にあります。現金や預貯金であれば、金額という明確な基準で簡単に分割できますが、不動産はそうはいきません。土地や建物は、面積や形状、立地条件、築年数など、一つとして同じものが存在しない「特定物」だからです。
誰が、どのように、どのくらいの価値で引き継ぐかを決めるには、相続人全員の合意が不可欠となります。たとえば、実家を相続するケースを考えてみましょう。「兄は実家を継ぎ、妹は現金を相続する」という話し合いは、一見シンプルに思えます。しかし、その「実家」に、家族の思い出や故人への思い入れといった、金銭では測れない「感情的な価値」が加わると、問題は一気に複雑になります。
この見えない感情的な価値観の違いこそが、不動産相続における対立の根本原因となります。単なる法律や数字の問題ではなく、そこに絡む人々の思いや感情を丁寧に紐解いていくことが、円満な解決への第一歩なのです。
1-2. 不動産相続で陥りがちな「3つの落とし穴」
多くのご相談を受けていると、不動産相続には共通して見られるいくつかの「落とし穴」があることに気づきます。
(1)「とりあえず共有名義」という危険な選択肢
遺産分割協議で相続人全員の意見がまとまらない時、「とりあえず全員の共有名義にしておけばいいか」と安易に考えてしまうケースは少なくありません。しかし、この選択は将来のトラブルを先送りしているに過ぎません。
共有名義の不動産は、その管理や処分に大きな制約が生じます。例えば、不動産を売却したり、建て替えたりするには、共有者全員の同意が必要です。一人でも反対者がいれば、その計画は頓挫してしまい、不動産は身動きが取れないまま放置されることになります。さらに、不動産を貸し出すような場合でも、共有者の過半数の同意が必要となるため、活用も難しくなります。
問題は、世代を超えて連鎖することです。共有者の一人が亡くなると、その持分はさらにその相続人へと引き継がれます。これを「数次相続」と呼び、代を重ねるごとに権利関係が複雑化し、面識のない遠い親族が共有者となる事態を招きます。そうなると、売却はおろか、管理の話し合いすら困難になり、将来にわたって大きな負の遺産を残してしまうことになります。
(2)評価額をめぐる「見えない対立」
不動産の価値は、見る人や状況によって大きく変わります。相続の際には、主に3つの評価額が用いられますが、それぞれに大きな開きがあります。
- 実勢価格(市場価格): 実際に不動産が市場で取引される価格です。
- 相続税評価額(路線価方式・倍率方式): 相続税を計算する際に用いられる公的な評価額です。一般的に、実勢価格の80%程度が目安とされます。
- 固定資産税評価額: 市区町村が定める評価額で、固定資産税や不動産取得税などの基準となります。実勢価格の70%程度が目安とされ、相続税評価額よりもさらに低い傾向にあります。
遺産分割協議の場では、この評価額の認識のズレがトラブルの核心となります。不動産を売却して現金で平等に分けたい相続人は、市場の価値である「実勢価格」を主張する傾向にあります。これは、実際に得られる金額を基準に自分の相続分を確保したいという経済的な動機に基づいています。
一方、不動産を取得して住み続けたい相続人は、「売却しないのだから売却価格は関係ない」と考え、代償金の負担を抑えるために「固定資産税評価額」や「相続税評価額」といった低い評価額を主張することが多くなります。これは、「経済的利益」よりも「居住の継続や思い出」という価値観を優先した結果であり、異なる価値観の衝突に他なりません。
この「見えない対立」を解消するためには、事前に専門家を交え、客観的な評価と、それぞれの価値観を尊重した話し合いを進めることが非常に重要です。